首もとに秋の風があたるので、ストールを巻いてファミレスに行く。きのう髪を短く切った。なんとなく伸ばしていた。夜の仕事はロングヘアがウケる。ショートカットの女性が居ないわけじゃないが、支持を得たければ黒髪ロングでいるのが無難だった。記号としての女らしさ。店のプロフィールに踊るのは何もかもが記号、記号、記号。記号に妄想を膨らませ、興奮する男たちを、憐れみながら、憎しみながら、金を受け取り、満足させていた。
頭が軽い。グラム単位の違いでも、わたしの頭を下へ下へ引っ張っていた後ろ髪がなくなった。ズボンを履いて、ショートヘアにノーメイク、眼鏡で歩く。繁華街で私を品定めする男を避けながらじゃない、まっすぐに歩ける。気持ちはとても楽だ。ズボンの中の脚が無駄毛に覆われていようが、何も問題ない。誰にもケチをつけさせない。
システムのなかでうまくやる。それが善いことと考えていた。つい最近まで。キャストを辞めたあとで、講習員をほんの短い期間やっていた。当然ながら、時給の原資はキャストの売上だ。間接的だろうと、女衒の側に居たということ。やっかいなお客に悩む女性に、接客術でコントロールすることを教えていた。借金に悩む女性に、写メ日記のアドバイスをしているうち、虚しさでいっぱいになった。債務整理についてこっそりと教えたけれど、あの子はまだ風俗に居る。わたしは何をやっていたんだろう。わたしはもう、あの業界で働かない。どの立場であろうと。
わたしが生活保護を使っていることに、税金払っててよかったと笑ってくれた彼がいた。彼には立派な実家があって、いずれ結婚するだれかと子供を持つ事に、疑いのない希望を持っていた。ねえ、養子じゃだめなの? と聞いたら、やっぱり、自分の血の繋がった子供が欲しいって、眩しいほどの目で言っていた。わたしはこの人と一緒には居れないのだろうな、と思った。
この人なら一緒に居られるなと、思った元彼のことを何度も思い出す。大好きな人がいた。今も断ち切れないほど。独り言で名前を呼んでしまうほど。
でも、いまの私は一人で、自由だ。
わたしの「女性」はわたしのものだ。もう値札を貼り付けて見せびらかすことはない。いつかまた心から信頼する人と触れ合うことがあるかもしれない。それを決めるのもわたし。わたしは何者にもわたしを捧げない。
無駄毛を放って、髪を切った。わたしの性を、肉体を、価値を、命を、誰にも品定めさせない。
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